過去語録から気になったものをそれぞれ抜粋してご紹介。 |
ヴァージニア州ハンプトンのオジーのツアー最終日のことを思い出す。マネージャーのクリフ・バーンスタインは、ニューヨーク公演からやってきて最終日のショウまで帯同した。ツアーバスの後ろに座っていた俺たちに向かって「今やキミたちは家が買えるほどレコードが売れたぞ!」って言ったんだ。オジーのツアーに参加して5ヶ月目のことだった。俺たちみんな、バンドとクルーはひとつのバスで、1日12時間は飲んだくれ、ヤリまくった。まさに女の子とヘヴィメタルクレイジー・ファンタジーを生きていた。俺たちは何が起ころうが気にしちゃいなかった。「あっち側」にいたんだよ。座っていたクリフ(・バートン)が「おっしゃあ!これで俺も家が買えるぞ!」って言ってたなぁ。他の奴らは家なんかいらなかった。ずっとツアーをやっていたかったんだ。
ラーズ・ウルリッヒ(メタリカ)
(デモ段階では34分あった『Reign In Blood』のレコーディングで)ミキシングの段階まできて、俺は思った。「(たったの)28分・・・?」(エンジニアの)アンディに「これで全部なのか?」って言ったよ。そしたら、「あ、あぁ。」って感じさ。俺たちはこれで問題ないのか(プロデューサーの)リック・ルービンに訊いたよ。彼はアルバムを見てこう言ったんだ。「あぁ、アルバムは10曲で構成される。10曲あるだろ・・・。」
トム・アラヤ(スレイヤー)
俺とデイヴ(・ムステイン)は予備のプラン、稼ぎのバイト、大学の学位を持たない2人だった。俺たちは全てを音楽にかけていたんだ。それが俺たちが一緒にホームレスになった理由さ。そういったことが素晴らしいバンドのDNAなんだ。そしてそれをメガデスは持っている。
デイヴィッド・エレフソン(メガデス)
当時、「ヘッドバンガーズ・ボール」がMTVで始まった。60分、時間をとられた上に、ボン・ジョヴィとポイズンのあいだのビデオを見せられるんでイライラしただろうね。でもそれは実際に起きた。事態は変わっていたんだ。
チャーリー・ベナンテ(アンスラックス)
曲を書くのに何を思い出すかって?(長い沈黙の後)ない。何のヒントにもならねぇな。
ケリー・キング(スレイヤー)
クリフ(・バートン)はすごいプレーヤーだと常々思っていた。みんながあいつと知り合いだと言いたがる、そんな関係になるチャンスは俺たちにはなかった。寄って来ては俺と一緒に学校に行ったんだと言ってる奴らみたいだよ。まぁ、知ってのとおり、その教室には(みんなが言うほど)充分な席はないわけだが。
デイヴ・ムステイン(メガデス)